DJ MADD interview

ハンガリーはブダペスト出身、ブリストル在住を経て現在、東京に長期滞在中のDJ MADD。せっかく我が家に宿泊してるんだし、ちょっとインタヴューしてみよう♪ ということで、彼のキャリア初期を中心に質問してみました。
シーンのド本流とはちょっと外れた場所から本流に飛び込む——その姿勢は、ここ日本の若者にも参考にできる部分が多々あるのではないかと思います。せっかくの長期滞在(北海道から沖縄、全国をまわります〜 » 日程)なので、何処かのプレイ現場で知り合って、遊びや呑みに誘って交流を図ったりしてみては? (すっごくイイ奴です♪)
音楽にのめり込んだきっかけは?
「小学校の頃かな。DOSの『トラッカー』ってソフトで音楽を作ってた。当時はそのそのソフトが人気で、友だちが教えてくれて、使い方を覚えていったんだ。」
聴く方では?
「ブダペストのアンダーグラウンド・ミュージックを探してたね。ジャングル、ブレイクビーツ、ドラムンベースが最初だね。」
ブダペストにジャングルのシーンはあったの?
「うん、その頃に1〜2つのジャングル・ナイトはあったね。若者がたくさん来てたよ。」
じゃあ最初に作ったのもジャングル?
「そうだね。」
上手くいった?
「そう思うよ。ブレイクビーツをチョップして、レゲエのサンプルを使って。そうやりながら色々と覚えて、ドラムンベースを作るようになっていったんだ。」
最初に人前でプレイしたのは?
「2006年かな。ブダペストの小さなクラブ。ブリストルのドラムンベースに捧げるイベントがあって。僕がブリストルのドラムンベースを集めてるって知られてたから、イベントに呼ばれて。Full CycleとかDope Dragonとか、90年代のだね。」
自作の曲はプレイしなかったの?
「曲を作ってはいたけど、プレイできるまでには時間がかかるなと思ってたから。まずレコードを集めて、それから何年かして自作の曲をプレイするようになったんだ。」
最初に自作をプレイしたのはいつくらい?
「DJを始めて2〜3年くらい経ってからかな。CD-Rを1XtraのDJたちに送ったり、自己紹介代わりにmp3を送ったりもした。」
ブダベスト以外でプレイしたのは?
「オランダかな。Naked LunchレーベルのMickyのイベントだったね。彼のレーベルからリリースしようかって話があったりしてね。結局リリースはなかったんだけど。2007年か08年頃かな。」
彼にもCDを送ってたの?
「彼がブダベストに旅行で来てたときに、プロモーターが紹介してくれたんだ。」
それはドラムンベース?
「いや、ダブステップだね。07年頃に初めてのダブステップを何曲か作って、いい感じだったんだよね。で、もっと作ろうと思って。Mickyに渡したのも、僕が最初に作ったダブステップ5曲くらいだね。Mickyからもポジティヴな反応をもらって。ミッキーはMartynとも友だちで、ちょうどその頃、彼もドラムンベースからダブステップをプレイしはじめていたから、僕の曲もプレイしてくれてたよ。」
ダブステップのどんなところに惹かれたの?
「ドラムンベースの前には、トリッホップとかダウンテンポとかが好きで。PortisheadとかMassive Attackとか好きだったんだけど、周りではあまり人気がなくて。ダブステップを聴いて、心地いいテンポとヘヴィなベースに、その頃の音楽との共通点を感じたんだよね。」
ハンガリーを離れたのは?
「2009年だったかな。ブリストルに住みたかったんだけど、家を見つけらんなくて、最初の1〜2カ月はバーミンガムに住んだんだ。でブリストルと往復して部屋を探して。」
その頃ブリストルには友だちがいたの?
「DJ Stanzaだね。彼はドラムンベースのDJなんだけど、部屋探しも手伝ってくれた。あとはPhaelehだね。」
ブリストルの音楽のどこに惹かれたの?
「わかんないな。ダウンテンポで好きだった音楽がブリストルのだったし、好きなドラムンベースもいつもブリストル産だった。偶然みたいな感じだよね。レゲエとかでも、Dubkasmがブリストルだったし。だから、自然な流れだったと思う。」
レゲエとかダブはいつ頃から好きになったの?
「レゲエに興味はあったんだけど、ハンガリーではダンスホールが人気で、ダブとかルーツのイベントとかを見つけるのは大変だったんだ。オンラインで情報を探してはCDを買ったりしてた。だから、本格的にはイギリスに来てからだね。」
レゲエの好きな点は?
「エレトロニカと楽器演奏の中間な感じとかかな。あとはイギリスのストロングなシーンを見たり、他のジャンルへの浸透具合を聴いたりするとね。ジャングルだとラガジャングルが好きだったし、ダブステップでもレゲエ・ダブステップが好きだし。サンプリングされてる曲からオリジナルを聴くようになったりね。そうこうしているうちに、どんどんレゲエが好きになって。」
最初のダブステップのリリースは何?
「2008年、Boombapからの『Numbers』だね。」
デモとかを送ったりしていたの?
「そんなには送ってないよ。自分でレーベルをやりたかったけど、やり方もわかんなかったし。多くの友だちは、デジタル・リリースでやんなよとか言ってくれたんだけど、僕はレコード・コレクターだし。自分で決めてたんだよね、レーベルをやるならヴァイナルもリリースするって。デジタルでリリースしてもいいけど、ヴァイナルの部分は外せなかった。」
最初にレーベルと契約した時はどんな気分だった?
「嬉しかったよ。ドラムンベースで20曲くらい作ってたけどあまり興味を持たれなくて、でもダブステップを5曲くらい作ったら色んな人から声がかかってさ。」
Black Boxからリリースした経緯は?
「オーナーのThinKingからメールを貰ったんだ。その頃、彼は別のレーベルをやっていて、ヘヴィな曲をリリースしたがってんだよね。でも僕はヘヴィなのを持ってなかったら、代わりにディープな曲を送ったんだ。そしたら彼もちょうどディープなサウンドのレーベルを立ち上げようと思ってたところだったらしくて、その最初のリリースにってことでBlack Boxからのリリースになったんだ。」
Breakageのリミックスは誰の案?
「彼から『誰にリミックスしてほしい?』と訊かれて、RSDと答えたんだけど(笑)、RSDを次のリリースにしようとしてたらしくて実現しなかったんだ。」
コラボレーションも色々やってるよね。
「ベストはPhaelahとのかな。1曲しかやってないけど、その頃に一緒に住んでたから、色んなものを共有したりインスパイアし合ってからね。あとはMatt-Uだね。彼もブダペスト出身なんだ。TMSVとの『Difference』も良かったな。」
今は自分のレーベルを立ち上げたけど、今後、他のレーベルからのリリース予定は?
「今のところZamZamとLion Chargeからだね。」
今後はレゲエ寄りのが増えてく?
「だね。」
ディープな感じはもうやっていかない?
「考えないようにしてる。自然に出てくる感じに忠実にね。以前は考えすぎて、『こんな感じの曲を作ったらあそこからリリースできるかな』とか『誰に送ろうかな』とか思ってたんだけど、もうやめたんだ。ただ曲を作って、それを誰かが好きになってくれたら、それでグレイトだよ。」
そういうの含めて、自分のレーベルを持つようになって自由になった感じ?
「だね。」
作る曲ってフロアを意識してる?
「どっちもだよね。例えばG.Rinaとの曲は、家で聴いても良いようにしてるし。クロスオーヴァーしたいと思ってる。」
ふだん聴いている音楽は?
「サンプル用の音楽とか、サウンドトラックとか作曲家ものとか。あとレゲエだね。」
アルバムの計画は?
「あるよ。次のアルバムはライヴ・ショウをやりたいと思ってるから、それに向けて構想を練ってる感じ。」

いま日本に住んでるわけだけど、どうして日本を選んだの?
「2010年に日本に6日間だけ滞在して、もっと色々知りたいと思ったんだ。」
もうすぐ1カ月だけど、変化とかある?
「ヘッドフォンで曲作りができるようになってきたことかな。いままでずっとスピーカーのある環境でしかやってこなかったから。でも色々わかってきたから、上手くいきそうだよ。」
日本滞在後はどんな計画を?
「4月にヨーロッパでのギグがいくつか決まってて、その後ブダペストに1〜2月戻って、それからアメリカでしばらく暮らしたいと思ってる。今年は旅に出て、できるだけ色んな経験をしたいと思ってるんだ。」
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